沈没レースだった「佐倉」

いつも大会前日まで中途半端に走って失敗しているので、今回は大会前の二週間は調整期間と位置づけて取り組んできました。ところが見事に失敗、23日の週がここ数ヶ月で一番体がだるく感じていました。前日にゆっくりとは言え、14kmを走ることになったのも疲れを残す結果になったようです。

明け方2時ごろから頭が重くてうつらうつら、予定通り会場に向かうも駅のホームへの階段を上るのも脚が重く感じる。だめだこりゃ。

できるだけ座っていくために武蔵小金井で始発の総武線に乗り、船橋まで座って行く。予想通り船橋からは激混みだが30分弱の我慢だ。
京成・佐倉に着いたら送迎バスは長蛇の列、早々に歩いていくことに決める。

混雑した乗り物は大嫌いだ。

20分ほどで会場に到着。

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メイン会場は岩名運動公園陸上競技場だが受付は隣接の野球場の中だ。
参加賞のTシャツは受付の前に立っている女の子(小学生)が手渡ししてくれる。

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野球場の中は着替えに陣取ったランナーで一杯。
手荷物を預ける場所も野球場の中にある。最初に200円で荷物に付ける番号札を買う。

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ナンバーカードと同じ大きさで、右下にも同じ番号が振られていて切り取れるようになっている。右下の小片には安全ピンも付いていて、切り離した小片をナンバーカード(あるいはウェア)に付ける。
荷物引取り時はこの小片と照合して受け取ることになる。

気温は低いが晴れていて、風もあまりなかったので9時には荷物を預け、陸上競技場に向かう。
トラックを4周ほど走ったが脚の重いこと重いこと。
さらにコンタクト(使い捨て)を入れようとしたら風でコンタクトが飛ばされていました。いつもは予備を用意しているのに今回は・・・つきがないようです。

整列は30分単位でプラカードが並び、3時間~3時間30分のゾーンに並んだ。

会場に着いてから絶え間なく金 哲彦さんが盛り上げている。プログラムを見ると実行委員の一人として記載されているだけだが、会場を離れるまでずっとマイクを手にしていたように思う。
表彰対象者の呼び出しまでやっていた。

予定通り9時30分にスタート、トラックを半周ほどして陸上競技場を後にする。
最初の5kmはアップダウンが続くが、2kmほどは混雑でペースが安定しない。この大会は1kmごとに距離表示があり(ところどころおかしいな思うポイントもあったが)、3kmが14分ほどだった。3km辺りになると走りやすくなってきたのでペースを上げる。

5km過ぎの下りを終えるとしばらくフラットなコースになる。
まともに走っていたのは5~10kmの5kmくらいだったかもしれない。

コースは事前に頭に入れておいたつもりだが、実際に走るとカーブも多くてどこを走っているのやら状態だ。

10km過ぎから早くも脚が思うように上がらず、さらに腰も違和感が出てきた。中盤の山場、15km手前から上りが続く、でもここをクリアすればゴール手前の上りまでほとんどフラットだと言い聞かせ上る。

でも何とか走りになっていたのは15kmまででした。
20kmまでは下りになるのですがもう一杯一杯。10kmから20kmまでの10kmに46分49秒もかかってしまった。
おまけに20km過ぎてから気持ちが悪くなり、中間点通過が1時間38分でこの時点で3時間15分は諦めた。

その後、ペースはさらに落ち30kmまでの10kmに51分もかかる始末。

そして30kmを通過したときに脚が止まった。
収容車がいたらリタイアしていたかもしれない。
100mほど歩き気を取り直して走りだす。もう時間を確認する気力なし。
当然、ゴール目標も立てられずひたすら前に脚を出す行為を繰り返すだけだ。

5kmごとにラップは取るが確認はせず、ただ完走を目指していた。結局30km以降は何度も立ち止まり歩くことになった。フルでこんなに立ち止まったことはない。走っても体感的にはキロ7分を超えている感じだ。

もう悲しいやら情けないやらで泣きたくなった。

37kmで後方から集団が近づいてくる気配。
3時間30分のペースランナーに率いられた一団でした。まだ3時間30分前後のポジションにいるんだと意外に思った。
集団は20人くらいいたでしょうか。ペースランナーは4人いました。二人が常に叱咤激励しながら集団を引っ張ります。他の二人はちょっと距離をおいて落ちてくるランナーに声をかけています。こんなペースランナーは初めて目にしました。

もう私はこの集団に抜かれても付いていく余力もありません。

どんどん離れていきます。

それでも残り3kmあたりからちょっとペースを上げてやろうと考えが変わり
ました。この辺りでは歩いているランナー、落ちてくるランナーが結構います。
目前のランナーを目標に一人抜き二人抜きしていきます。

そして残り1.3kmのポイント(1.3kmにどんな意味があるのか分かりませんが)で3時間30分のペースランナーが目に入りました。もしかして、3時間30分を切れるのかもしれないなと思いました。ペースランナーに追いつき前に出たときに、「そのまま、そのまま行ってください!」と背中を押してもらいました。

この大会、最後に300mほどの上り坂があります。でも覚悟していたほどの坂ではありませんでした。ひいこら言いながら上りきると残り200mです。
競技場に入ってからは100mでゴールです。

なんとか3時間28分35秒(ネット)でゴールでした。

ゴール後、チップ回収・ドリンク・記録証とスムーズな流れです。
記録証は多くの大会で対面形式でもらうと思いますが、佐倉ではテントの中に記録証発行のデスクが並んでいて、入ってきた側と反対側に抜けて行きます。そしてその先にバナナのテントがあります。人の流れをうまくつかんでいるなと思いました。

もう疲労困憊、荷物を受け取りに向かう途中で「南○さん」と呼ぶ声がします。声のするほうを向くとなんとスポーツエイド・ジャパン代表の舘山さんと雁坂の女王・藤原さんでした。
お二人とも22日の「東京」を走っています。二週連続のフル、タフだなあ。
4月の「戸田・彩湖」のお話をしながら野球場に向かいました。

荷物を受け取り、シートを敷いてストレッチを始めましたが、脚の攣ること攣ること。ちょっと脚の向きを変えただけで脛の外側・脚の付け根が攣ります。
脛の外側が筋肉が引っ張られているのが分かります。筋肉が波打つ状態を初めて目にしました。

ようや着替え、京成佐倉まで送迎バスを利用。
上野行の快速に乗りましたが、成田からの荷物一杯の乗客とランナーで超混雑していて気分が悪くなりました。上野まで乗っていくつもりでしたが船橋で下車、総武線の各駅に乗り換え座って帰ってきました。

今春のフルは「佐倉」一本だったので非常に悔いが残ります。
しっかりと分析して秋のフルに生かせるよう取り組みます。

ゴール後はあちこち攣りまくりどうなることかと思いましたが、一夜明けてダメージは思ったほどありません。これまでのフルで一番ダメージが小さいかもしれません。
フルを走った日の夜はぐったりしていたが、昨日は元気そのものだった。
今朝はダメージがどれほどのものか確認のために4kmほど走りましたが、筋肉痛はあるものの気持ちよく走ることができた。
本当に昨日はなんだったんだろう?


0 0:00:32
5 0:23:31 22:59 04:36
10 0:46:03 22:32 04:30
15 計測漏れ
20 1:32:52 46:49 04:41
25 1:57:26 24:34 04:55
30 2:24:11 26:45 05:21
35 2:51:27 27:16 05:27
40 3:17:53 26:26 05:17
goal3:29:07 11:14 05:07

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